ここ1週間ほど、パキスタン周辺がにわかに騒々しくなってきた。次々と起こる事件を俯瞰してみると、綱渡りの政権運営を続けるムシャラフ大統領のしたたかな駆け引きが垣間見えてくる。
発端は3月、ムシャラフがチョードリー最高裁長官を事実上解任したことに始まる。チョードリー長官はムシャラフが大統領職と陸軍参謀総長を兼務している現状を憲法違反だとして追求するなど、その強権的な政治姿勢に歯止めをかけようとしてきた人物だ。解任は、9.11以降アメリカの支援を得たムシャラフの横暴ぶりへの人々の不満を一気に噴出させた。そして今月12日、カラチで大統領支持派と野党支持派が衝突、40人の死者を出す惨事となった。
一方、ムシャラフがアメリカの対テロ戦争に協力していることへの国民の怒りも頂点に達している。アルカイダとタリバンは現在、パキスタン北西部の部族地域であるワジリスタンを拠点としており、パキスタン軍による掃討作戦も実施されている。12日にはアフガニスタン国内でタリバンのナンバー2とも言われるダドゥラ司令官が、NATOを中心とする国際支援部隊による攻撃で殺害された。タリバン高官の殺害には、パキスタンの情報機関ISIによる情報提供があったのではとの憶測も呼んでいる。
では、ムシャラフが本気でアルカイダやタリバンを殲滅しようとしているかというとそうではない。タリバンは現在、ワジリスタンの拠点から自由にアフガニスタンへ越境攻撃を仕掛けており、パキスタン政府に活動を保証されていると言っても過言ではない。4月、ムシャラフはワジリスタンとアフガニスタンの国境沿い20㌔にわたり越境防止フェンスを建設したと発表した。しかしこれも、アメリカやアフガニスタンからの非難を巧みにかわすトリックに過ぎない。ムシャラフは対テロ戦争に協力していると見せかけながら、タリバンやアルカイダとも取引を行い、今後もアフガニスタンへの影響力を拡大する戦略なのだ。こうしたムシャラフの狡猾な姿勢にアフガニスタンのカルザイ大統領はしびれを切らしており、13日には国境付近で両軍が交戦し、17人が死亡する事件すら起きている。
アメリカと国内のイスラム原理主義勢力の板挟みの中で、のらりくらりと非難を交わしながらパキスタンの舵取りを続けてきたムシャラフ。その政治姿勢はイデオロギーなどではなく、国益と保身という両輪に支えられているようにも見える。独立以降、東をヒンズーの大国インド、西を戦乱のアフガニスタンに挾まれた小さなイスラム国家は、国家存続のために宿命的に優秀な政治家と軍人を必要とした。そして、9.11を利用することで、いまや地域の政治大国となったのである。
パキスタンという国家の特性を体現し、その運命を握るムシャラフ。99年のクーデターで政権を奪取して以来、最大の政治的危機を迎えている。数々の修羅場をくぐり抜けてきた男は今回も難局乗り切ることができるのか、世界の注目が集まっている。