銃の所持を認めるアメリカで、またも惨劇が繰り返された。米バージニア工科大学で男が銃を乱射、学生32人が殺害された。学校内での銃乱射事件としては、過去最悪の惨事だという。
学生らの証言では、過去数週間に、大学に爆弾を仕掛けるという脅迫が数回あり、当局はテロの可能性も含めて捜査するという。犯人はアジア系の男だったという報道もある。大きな事件が起きると何でも”イスラムのテロ”に責任を押しつけたがる風潮は、911以後のアメリカ社会で顕著だ。事件がテロだったのかどうか、現段階では分からない。しかし事件の本質は、同様の事件が繰り返されてきたにも関わらず、銃規制を一向に進めてこなかった米社会そのものにある。
13年前、留学中のニューヨークのアパートで、日本人留学生、砂田敬君(22)が強盗に銃撃され殺害された。福岡在住の父親、砂田向壱さんは息子の無念の死を契機にアメリカでの銃規制運動に積極的に参加、銃が蔓延する社会の異常性を糾弾した。私もニューヨークでの刑事裁判など、砂田氏の活動に同行した。砂田氏の怒りと叫びはアメリカでも一定の理解を得て、米国内での銃規制運動も一時は盛り上がりを見せた。だが、そこで立ちはだかったのが、会員数360万を誇る全米ライフル協会(NRA)だ。彼らの主張では、アメリカの建国の歴史は銃による開拓の歴史であり、銃を所持し身を守るのは、アメリカ人の基本精神だという。
NRAは銃器メーカーと密接な結びつきを持ち、米政界にも強大な影響力を持つ圧力団体だ。銃規制を求める様々な法案も、NRAのロビー活動によって葬り去られた。砂田君の事件から5年後、コロンバイン高校で13人が死亡する銃乱射事件が発生。再び銃規制が社会問題化されたが、2年後の911事件をきっかけに、米社会は保守化の道を突き進んでいったのはご承知の通りである。マイケル・ムーア監督の「ボウリング・フォー・コロンバイン」にそのあたりの事情は詳しく描かれている。
もうお分かりだろう。大学での銃乱射事件も、イラクやアフガニスタンで米軍が行っている殺戮も、病根は同じなのである。”武力をもって身を守る”という”安全保障”の考えが、限りない武力拡大を進め、やがて蔓延した武器が、自己防衛とは無関係の惨劇を生むのである。
自分の身を守る最低限の武力は必要だとは思うが、米国を見るにつけ、「安全保障」とは何なのか分からなくなる。日本でも凶悪犯罪が増えているが、まだ銃が社会に蔓延していないだけましだと言える。気になるのは、自衛隊の米軍との一体化、安部政権の進める防衛力強化の動きであるのは言うまでもない。
(写真:サイレントマーチ/砂田向壱著)