普天間フライトラインフェア

普天間CH53E

アメリカ軍普天間基地で8月19,20日に開催された「FUTENMA FLIGHTLINE FAIR」を訪れた。このイベントは年に1度だけ、2日間にわたり普天間基地を一般向けに公開して行われるもので、米軍ヘリコプターなどを目の前で見ることができるため毎年大勢の家族連れで賑わう。普天間基地のキャンプシュワブ沿岸への移設をめぐり日本政府と沖縄県の協議が難航する中、アメリカ軍は県民感情を緩和しようと、こうしたイベントを重視しているようだ。

宜野湾市にある普天間飛行場は住宅の密集地に隣接している。しかし、基地のゲートをくぐると、そこはもうアメリカ。広大な芝生の敷地が延々と拡がっていた。ここは海兵隊ヘリコプター部隊の拠点だ。道の両側には屈強な兵士が目を光らせている。私は普段運転中、心を落ち着かせるためにコーランを流していたりするのだが、この日ばかりは遠慮しておいた。なかにはフレンドリーな兵士もいるが、大半は無愛想かつ高圧的に道を指示している。我々は決して“ゲスト”ではないことを実感する。

会場では飲食店や雑貨屋など屋台が並び、特設ステージでは兵士たちのロックバンドや沖縄のミュージシャンによる演奏が続く。一見、普通の夏祭りと変わらないが、そのすぐ隣にはヘリや戦闘機がずらりと並び公開されている。

最も注目を集めていたのが、大型輸送ヘリCH-53Eだ。このヘリは2004年8月に沖縄国際大学本館に墜落炎上したCH-53Dの後継機種である。墜落事故は大学の夏休み中だったこともあり死傷者を出すには至らなかったが、一歩間違えば大惨事になるものだ。さらに、事件直後からアメリカ軍が現場を封鎖し事故処理を行ったことから、沖縄県民の間には95年の米兵暴行事件以来の激しい怒りが拡がった。

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ちなみに、展示されていたCH53-E機はイラク戦争にも沖縄から出撃し、搭乗していたジョン・ハワード軍曹が2004年8月13日にイラクで死亡している。CH-53D機が沖国大に墜落するわずか2日前のことである。何とも皮肉な話である。

当時東京発のメディアは沖縄国際大学へのヘリ墜落事件を大々的に報道することはなかったが、現地メディアは事件直後から激しい反基地キャンペーンを続けている。米軍ヘリ墜落事件をきっかけに、8月13日は沖縄の反基地運動にとって新たな記念日となっているようだ。

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