”尖閣諸島”に揺れる石垣市

魚釣島


(写真:尖閣諸島の魚釣島の空中写真//国土地理院より)

きょう未明、台湾の活動家が乗った漁船が小泉首相の靖国参拝に抗議するために尖閣諸島上陸を目指し航行。結局、日本の領海手前で海上保安庁巡視船の警告を受け引き返すという事件があり、沖縄ではちょっとしたニュースとなった。

外務省の見解によると尖閣諸島は1895年、清の支配が及んでいないことを確認したうえで日本の領土に編入され、米軍統治下を除き国際的にも日本固有の領土として認知されてきた。それが70年代、同地域に豊富な地下資源の埋蔵が確認されたことをきっかけに、中国、台湾も領有権を主張し始め、摩擦の種になっている。

尖閣諸島は現在、沖縄県石垣市の行政区域に入っており、番地も登野城2390~94番地となっている。これらの無人島は明治29年から福岡の実業家・古賀辰四郎氏が開拓し、鰹節工場などを経営し始め、後に古賀氏に地権が払い下げられている。最盛期は住民が200人以上いたという。昭和15年に古賀氏は事業の継続を断念。島は再び無人島となったが、いまだ地権を持つ古賀氏の関係者が今も石垣市に固定資産税を納めているという。

ちなみに一般にはあまり知られていないが、太平洋戦争末期の昭和20年6月30日、石垣島から台湾へ疎開する途中の2隻の船が尖閣諸島付近で米軍機の攻撃に遭い1隻が沈没、46名が死亡。生き延びた160名ほどの人々は尖閣諸島の魚釣島に上陸したものの、約50日間救助を待って無人島で暮らし、うち10人も命を落としている。4年前には遺族の強い願いを受けて、魚釣島に慰霊碑も建立されている。

領有権をめぐる日中台の摩擦は一向に解決の糸口が見えない。中国、台湾と接する石垣市には頭の痛い問題のひとつだ。

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