イラク新首相の多難な船出

マリキ
イラクで20日、正式政府が発足した。フセイン政権崩壊後の移行政府から3年を経て、ようやくイラクは国家の体裁を整えた。しかしその船出は多難だ。それを象徴するのが、国際社会でこれまで全く無名に近かったヌーリ・マリキ氏の首相就任だ。

12月の選挙でシーア派のイラク統一同盟(UIC)が圧勝して以後、当初正式政府の首相には暫定政府首相も務めたジャファリ氏が有力視された。しかし、1月からの宗派対立の激化を収拾できないジャファリ氏に対し、各派からの不信感は高まっていった。

ジャファリ
UICの中核政党であるダワ党党首であるジャファリ氏は、以前からシーア派至上主義者として知られてきた。さらに、ダワ党はフセイン政権時代から反体制派としてイランの支援を受けてきたこともあり、ジャファリ氏は現在もイランの強い影響下にあると見られる。イラクの宗派対立を陰でイランが支援していることは、中東ではもはや公然の秘密である。核開発問題でのイランの強硬姿勢の背景には、「イラク情勢を自在にコントロールできる」との自信が見え隠れしている。以上のような背景から、ジャファリ氏はスンニ派、クルド勢力のみならず、アメリカの信頼をも失っていったと見られる。

しかし、新首相に就任したマリキ氏がジャファリ氏と全く異なる経歴の人物かといえばそうでもない。マリキ氏もダワ党幹部として、暫定政府ではジャファリ首相の政治顧問を長く務めてきた側近だ。イラク南部ヒッラ近郊出身のマリキ氏は、バグダッド大学のアラビア語学科を卒業。フセイン時代には反体制活動で死刑を宣告されシリアに亡命した。当地で活動を続け、フセイン政権崩壊後に帰国し暫定政府に加わった。筋金入りの反バース党主義者だったマリキ氏は、バース党員の公職からの追放を主導した。フセイン信奉者のみならず全てのバース党員を一律に追放したこの政策が、戦後のイラクの社会システムを崩壊させ、無用な混乱を招いたことは周知の事実だ。

それにも関わらずマリキ氏が首相に就任した背景には、その”人柄”が大きいと言われる。他派との交渉に消極的だったジャファリ氏に対し、マリキ氏は「タフな交渉人」として知られ、調整型タイプの政治家である。民族融和が緊急課題である現在のイラクにおいては、”豪腕”よりもマリキ氏のようなタイプが求められたのであろう。一方でイランとの個人的な関係はいまだ不透明で、今後マリキ氏の政治手法を占う上で大きなポイントとなりそうだ。

マリキ氏の提出した閣僚名簿は承認されたものの、重要ポストである内相、国防相、は調整が間に合わず、首相、副首相が兼任という見切り発車となった。バグダッドでは昨日もシーア住民をねらったテロで19人が死亡した。もはやイラクの日常になってしまった治安の崩壊をいかに早く解決できるか、マリキ氏の調整能力が問われるのはこれからだ。

(写真:マリキ首相/ジャファリ暫定政府元首相/イラク政府公式サイトより転載)

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