左の写真、テロや暴動の現場ではない。2月9日に行われたイスラム教シーア派最大の祭り、「アシュラ」のひと幕である。
シーア派はムハンマドの娘婿・アリーを初代イマーム(指導者)とし、アリの子孫こそがムハンマドの後継者だとする一派だ。
681年、アリの次男である第3代イマーム・フセインが、イラクのカルバラで敵軍(その後スンニ派と呼ばれる人たち)に待ち伏せされ家族もろとも虐殺される。このフセインの殉教の悲劇こそ、シーア派にとって信仰の出発点である。毎年アシュラの日、人々は鎖や刃物で自分の体を傷つけ、フセインの痛みを自ら体に刻むのである。
※関連記事「カルバラの悲劇」
http://blog.livedoor.jp/eurasian/archives/329246.html
シーア派は世界のイスラム人口の1割の少数派で、主流のスンニ派から常に差別と蔑視の対象とされ、被支配層に甘んじてきた。ところがイラクのフセイン政権崩壊で、その構図が大きく変わりつつある。イラクはもともとシーア派が人口の6割を占めるが、フセインの強権支配の中で抑えられてきた。フセイン政権崩壊で、シーア派の宗教的情念は爆発し、12月に行われた議会選挙でもほぼ半数近い議席を獲得している。
イラクのシーア派台頭は、中東の勢力図を大きく変えようとしている。イラクの隣国イランは世界で唯一シーア派を国教とする国で、イラクに急接近している。また、「シーア派のいる所に石油あり」と言われるほど、シーア派が暮らす地区は油田地帯に見事に重なる。サウジアラビア東部の油田地帯も人口の大半がシーア派だ。今後、イラクから中東全域に、シーア派パワーが台頭する可能性がある。
冒頭に紹介したアシュラも、これまで多くの国で大々的に行うことは禁じられてきた。しかし今年はかなり盛大に行われたようだ。パキスタンではアシュラを狙ったスンニ過激派によると思われる自爆テロが発生、20人以上が死亡した。
アシュラで血だらけになって行進するシーア派の人々を見ると、その情念の深さに驚かされる。イラクでの歴史的な逆転劇は、シーア派によるスンニ派への復讐という悲劇も招いている。イラク戦争から3年、アメリカによるフセイン政権転覆は、中東に新たな火種を生み出したようだ。
(写真:イラクでのアシュラ/シーア派ニュースサイトJAFARIYAより転載)
同サイトでは世界各国のアシュラの写真が見ることが出来ます。
http://www.jafariyanews.com/2k6_news/feb/10karbala_Ashura.htm