イスラム世界は今、「イード・アル・アドハー(犠牲祭)」の真っ只中である。
メッカ巡礼月の終わりに行われるこの祭は、アラブ人が自分たちの系図上の始祖と考える”イブラヒム”の伝説に基づくものだ。神の啓示により息子イスマイルを生け贄に捧げるよう求められたイブラヒムは、神に逆らうわけにもいかず、涙ながらに息子を殺そうとする。しかしその直前に天使が現れイブラヒムを制止し、その信仰を称え、代わりに羊を生け贄に捧げるよう告げるという話だ。
”信仰の父”とも呼ばれるイブラヒムの神への絶対的な忠誠を記憶にとどめるために、イスラム教徒は毎年この3日間、羊を屠って盛大に食すのである。
ところでイブラヒムとは勿論、旧約聖書に登場するアブラハムのことである。同じ啓典の民と言われるユダヤ人もアラブ人も、アブラハムを共通の祖先と考える。聖書では、アブラハムの正妻との息子・イサクの子孫がユダヤ人となり、妾との息子・イスマイルの子孫がアラブ人になったとしているが、根拠は不明だ。アブラハムが神への生け贄に捧げようとしたのはイスマイルだったが、イサクだったらどうなったのだろうか。また、神がアブラハムを制止することなく、イスマイルが本当に殺されたらどうなったのだろうか?ユダヤ人とアラブ人の果てしない争いは起こらなかったのだろうか?
歴史に”もし”はあり得ないが、起源を同じくする2つの宗教の確執を目の当たりにしながら、そうした仮説にふけりたい思いに駆られるのだ。
(写真:イラン南西部、クルド人の遊牧民が飼っていた羊たち/去年12月)