
イランはイスラム教シーア派を国教とする国である。シーア派は世界のイスラム人口の1割に満たないが、この国では主流派だ。ムハンマドの後継者をめぐる争いから生じたシーア派は、ムハンマドの従兄弟アリーとその子孫がカリフを継ぐことを主張し、スンニ派と歴史的な対立を続けてきた。しかしアリー以降のシーア派12イマームは全て敵であるスンニ派により殺された。特に第3代イマーム・フセインが、イラクのカルバラの地で敵軍に包囲され家族もろとも壮絶な死を遂げた事件は、今も人々の心に深く刻まれ、その殉教の痛みを片時とも忘れないのがシーア派の義務である。礼拝での説法でもフセイン殉教の話は必ず引用され、そのたびに人々はむせび泣く。何千回も聞いているはずの同じ話で涙する男たちを見ていると、実に不思議な気分だ。フセインの話をしただけで涙が出るように、体の構造が変化してしまっているのかと思うほどだ。暗く鬱屈とした怨念は、ひとたび危ない方向に火がつけば、歯止めが効かないだろうと容易に想像がつく。先達の殉教をひたすら悼むこの宗教は、日本人にとっては極めて理解しづらいもののひとつかもしれない。(写真はケルマン州にあるジャーメ・モスク)