希望の国は復活するのか

ブッシュの8年間が幕を閉じ、オバマ大統領が誕生した。
自分にとってのこの8年は、アメリカという国にひたすら失望し続けた歳月であった。

子供の頃、アメリカに純粋に憧れていた。
コカコーラ、マクドナルド、ヤンキース、ロック・・・
アメリカは自由と豊かさの象徴であり、最もカッコイイ国だった。

中学の英語の授業で、キング牧師の演説”I Have a Dream”を聴いた。黒人独特の耳に心地よい英語のリズム感と共に、徹底した非暴力抵抗主義に心を打たれた。同時に、アメリカ社会に根深い人種差別が横たわっている事実も知った。以来、カウンターカルチャーにのめりこんだ。
ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ジミヘン、ドアーズ、ジョン・レノン・・・
そんな文化を生み出すアメリカを、やっぱりすごいと思った。

高校時代、ファッションはアメカジ全盛。
MA-1にリーバイス、足元はエンジニアブーツできめて、
渋谷の町を練り歩いた。

大学時代、バイト代を貯めて行った初めての海外旅行は当然、アメリカ。ニュージャージー州のブラウンズミルズという小さな町でホームステイした。空軍基地の町で、ステイ先はベースに勤める黒人の家庭。奥さんは日本人だった。朝鮮戦争で在日米軍基地に赴任し、そこで知り合ったという。昼間は近所の似たような境遇の日本人のおばさんたちが集まり、花札に興じる。なぜかアメリカなのに、盆踊り大会にも参加した。毎日食べさせてくれたソウルフードの味が、今も忘れられない。

卒業後、ごく自然の成り行きで今の仕事を選んだ。

90年代、仕事で紛争の現場に立つようになると、冷戦が終結し唯一の超大国となったアメリカの露骨な覇権主義に疑問を持つようになった。
コソボ紛争、アフリカでの内戦への介入。。
空前の繁栄で自信過剰になっていくアメリカの姿が疎ましく感じられた。

福岡で仕事をしていた頃、ニューヨークに留学していた砂田敬くんが、自宅マンションで強盗に遭い銃撃され亡くなった。ニューヨークで行われた裁判。アメリカの行き過ぎた銃社会に対し立ち上がった父親の砂田向壱さんに同行した。年間3万8千人もの命が銃によって失われる異常さと、それでも銃への信仰を捨てないアメリカ人の姿に衝撃を受けた。その後のアメリカの進む道を暗示する出来事だった。

そして、2001年9月11日・・・
怒り狂うアメリカが振り上げた拳が落とされた現場を追い、中東全域を駆け回った。
そこで見たものは、罪もなく死んでいく人々と、それに伴い増幅されていくアメリカへの怒りの渦だった。

パキスタンのアフガン難民キャンプ。米軍の空爆で親を失ったという子供たちを前に、憧れの国だったはずのアメリカへの幻想は消えた。
イスラム過激派やタリバンの兵士たちの多くが、、アメリカへの憎悪を語り出すと止まらなかった。

そして今、沖縄に暮らす中で、広大な米軍基地が目の前にある。
この島が、アフガンやイラクへの出撃基地となっている現実。
米軍再編という名の下、機能強化される基地。
出口は今も見えない。

振り返って見れば自分のこれまでの歩みは、良かれ悪しかれ”アメリカ”という存在と切っても切り離せないものだったように思う。一方的にアメリカを好きになり、一方的にアメリカに幻滅した。

オバマ大統領の就任は、ブッシュの8年に疲れ果てたアメリカ人が出した答えなのだろう。アメリカは確実に良い方向に向かう予感はあるが、この8年さんざん世界を混乱させた責任が帳消しになるものではないだろう。

子供の頃に憧れた自由と希望の国アメリカは、再び復活するだろうか。
その進む道は、自分たちの暮らしにも直結する。
もういちど、アメリカを信じられるだろうか。

オバマの言う”責任”とは、自分にとって何だろうか。
そんなことを考えていたら、なんだか15年ぶりにアメリカに行ってみたくなった。

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