旧ユーゴスラビアのコソボ自治州が17日、セルビアからの独立を一方的に宣言した。EUや米国が独立を承認する一方で、セルビアやロシアは激しく反発しており、”ヨーロッパの火薬庫”バルカン半島の雲行きが再び怪しくなってきた。背景には、中東にも勝るとも劣らぬこの地域の民族、宗教をめぐる複雑な歴史がある。
1999年11月、1年以上の紛争を経てようやく停戦合意にこぎつけたコソボに入った。トルコからマケドニアを経由して入国した私は、中東からヨーロッパに来たつもりだったのだが、その認識が間違っていたことにすぐに気づかされた。町の食堂で目につくメニューは、羊肉の串焼きシシ・カカブ。住民の大半のアルバニア人はイスラム教徒で、町中にはモスクが散在していた。コソボは20世紀初めまでオスマントルコ帝国の支配下にあったのだ。
一方でコソボは、オスマントルコに占領されるまではセルビア王国の中心地で、セルビア正教会の大主教座はペチ(アルバニア語ではペイヤ)という小さな町にある。このため、セルビア人はコソボを民族揺籃の地として神聖視している。いわばコソボは、キリスト教とイスラム教が覇権を争って激突し続けてきた、東欧におけるエルサレムのような土地なのである。10年前、セルビア人によって”民族浄化”が進められたコソボでは停戦後、逆にアルバニア人によるセルビア系住民への報復が相次いだという。サウジアラビアなどのイスラムマネーが流れ込み、モスクの新築も進んでいるという。”殺し合った隣人たちがどのように和解していくのか?”、世界が注目した10年間のプロセスは結局、一方的な独立という苦い結末を迎えた。
世界的規模で民族主義が高まる中、”大アルバニア主義”と”大セルビア主義”の激突が、再びバルカン半島に不穏な空気を吹かせている。
(写真:廃墟を背に立つアルバニア系の老人/破壊されたペチの町/99年11月撮影)