アジアと出会ったモーツァルト

9aec1f0f.jpgきょう1月27日は、モーツァルトの生誕250周年だ。35歳の短い生涯で、600曲もの作品を残した彼の偉業を称え、今年はウィーンやザルツブルグをはじめ、世界中で様々な催しが予定されている。

母親が近所の子供たちを相手に小さなピアノ教室をしていたこともあり、私も子供の頃からモーツァルトの曲には慣れ親しんできた。中でも“トルコ行進曲”は今でも好きな曲のひとつだ。

このピアノソナタはモーツァルトが“トルコ風に”と書き記していたために、後に“トルコ行進曲”と呼ばれるようになったのだが、“トルコ風に”とは“トルコの軍楽隊のように”という意味だ。

絶頂期を迎えたオスマントルコ帝国軍に2度にわたり包囲され、ウィーンは陥落寸前になるが、1683年にオーストリア軍はついにトルコ軍を破る。モーツァルトがトルコ行進曲を作った1783年はちょうと戦勝100年の記念すべき年で、ウィーンではトルコブームが起きていたという。かつては“恐怖の足音”に聞こえたトルコ軍楽も、オスマントルコが衰退したこの頃には、オリエンタルな文化として歓迎されたのだろう。トルコ行進曲は、トルコ軍の侵略でアジアとヨーロッパが出会った結果生まれた傑作だといえる。

モーツァルトの生誕地ザルツブルグでは今日、EU首脳が集って国際会議が開かれる。国境を越えて愛されたモーツァルトにあやかり、EU憲法制定をめぐって足並みが揃わないEUの将来について話し合うのだそうだ。今年はトルコのEU加盟交渉も始まるが、キリスト教国でないトルコの加盟の是非もEUの大きな懸案のひとづだ。

かつてウィーンを恐怖に陥れたトルコがヨーロッパの一員になろうとしていると知ったら、モーツァルトは何を思うだろうか。トルコ行進曲を聴きながら、ふとそんな愉快な空想にふけった。

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