翁長知事の父親で元真和志村長の翁長助静さんが戦後、沖縄の人々の戦後復興のために、ひめゆり女学徒たちの学び舎の跡地に栄町市場を作った。お母さまは市場でかまぼこ屋さんをしていたという。翁長少年は子供の頃から市場を走り回っていたから、那覇市長時代もお祭りに来ると、市場のおばぁたちが「タケシ-!」と昔さながらに声をかけていた。僕が栄町市場の映画を作ることになって、いま市場内で「宮里小書店」を営む翁長さんの盟友、宮里千里さんにご紹介いただき、応援していただいた。市場の飲み屋で同席した時に鮮やかな記憶がある。「新田くんのような本土の人にひとつだけわかってほしいことがある。沖縄の人々にとって、沖縄戦と基地問題に関しては、右も左も、保守も革新もないんだよ」。その時に「オール沖縄」という言葉はまだ出てなかったけど、その後、その信念を体現されるように知事になられ、日本政府と対峙され続けた。翁長さんの思い、そして無念に僕らはどれだけ応えられるだろうか。微力ながら沖縄の人々とともに歩んでいきたいと思う。翁長さん、本当にお疲れさまでした。安らかにお休みください。
翁長知事逝去
未分類カテゴリーの記事